震災後を生きる――映画『風の電話』が紡いだ癒しと救済の物語

映画
映画『風の電話』
映画『風の電話』場面写真 (C)2020映画「風の電話」製作委員会

 未曾有の災害をもたらした東日本大震災発生から今日3月11日で10年。かけがえのない家族や友人、大切な家や職場を失った被災者の方々は、この年月をどのような思いで生きてこられたのだろうか。現在公開中の『たゆたえども沈まず』や『漂流ポスト』、さらには昨年初春に公開され、今なお日本各地で再上映されている『風の電話』『Fukushima 50』など、震災をテーマにした映画が注目を集めているが、今回は、特集記事の執筆や監督・俳優インタビューを担当したご縁から、『風の電話』をひも解きながら、震災後を生きる方々の不安や葛藤に思いを寄せたい。(文:坂田正樹)

 岩手県大槌町に実在する“天国につながる電話”…本作は、東日本大震災以降、3万人以上の心を癒してきた電話ボックス<風の電話>をモチーフにした初の映像作品。メガホンをとるのは、『M/OTHER』『不完全なふたり』などで知られる国際派の名匠・諏訪敦彦監督。新星・モトーラ世理奈が17歳の主人公ハル役に抜擢され、西島秀俊、三浦友和、西田敏行ら諏訪監督が愛する名優たちが彼女を励ます被災者の役で登場する。

 大槌町で被災し、家族を亡くしたハルは、広島の叔母の家に身を寄せていた。そんなある日、叔母が突然病気で入院し、またしても独りぼっちになった彼女は、家に帰らず、さすらいの旅に出る。「もう一度、家族に会いたい」…やがてその旅は、さまざまな人との出会いを通して、ハルを<風の電話>へと向かわせる。物語はロードムービーのスタイルを取り、道中、ハルは、豪雨災害の被災地で年老いた母と住む中年男性・公平(三浦)や、不当な逮捕に苦悩するクルド人ファミリー、さらには罪の意識にさいなまれる福島の元原発作業員(西島)らと出会い、「自分だけが苦しい」と思っていた小さな世界から、いろんな痛みを抱えながら、それでも歯を食いしばって生きている大人たちが大勢いることを目の当たりにする。

 中でも、原発事故でほとんど人がいなくなった被災地に住む今田(西田)の独白は、演者であり福島出身でもある西田の思いそのものを吐露した胸打つシーンだ。深いため息をつきながら、「田んぼや畑がキラキラ光っててよぉ…あの景色、戻ってこないかなぁ」とつぶやく言葉の中に、故郷へのあふれんばかりの思いが宿る。旅を通してさまざまな大人と出会い、助けられ、そして背中を押されたハルは、少しずつ心を整理し、その集大成として<風の電話>の受話器を取る。「家族にいますぐ会いたい」という気持ちと、「残された命、しっかり生きなきゃ」という気持ちの胸をえぐるようなせめぎ合い。「いつか会いにいくよ、でも、それまでは生きるよ」…この言葉を聞けた瞬間、涙腺の崩壊とともに、現実と向き合うことがどれだけ大変なことなのか、改めて思い知らされた。

 人の痛みを知り、分かち合い、そして苦しい現実と真摯に向き合い、生きる勇気を手繰り寄せたハルの成長物語。『風の電話』は第70回ベルリン国際映画祭国際審査員特別賞を受賞し、震災後を生きる人々の苦悩と葛藤が世界中の人々の心を動かした。土砂崩れで命拾いした自身の経験を重ね合わせ、「我々はたまたま生かされているだけ」と語る三浦に対して、「自分が今いる状況が役と離れすぎていて苦しかった」と吐露する西島。一方、西田は、「福島県民にとって、原発事故は見過ごせないこと。福島に来たら、一家言(いっかげん)持っている爺さんがしっかり存在していないとハルの“心の旅”が完結しないと思った」と語気を強める。

 即興芝居を取り入れながら、名優たち、そしてモトーラの才能をふんだんに引き出し、唯一無二の作品を生み出した諏訪監督。「“生きていく”という力を観た方に与えられれば」…そう語る彼の目には、震災から10年を迎えた現状はどう映っているのだろうか。歳月は流れたが、天国に繋がる電話は、今も大鎚町浪板の丘の上で、人々の心を癒し続けている。

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