『鵞鳥湖の夜』“水浴嬢”をミステリアスに演じたグイ・ルンメイ 監督が明かす裏側

映画
映画『鵞鳥湖の夜』
第72回カンヌ国際映画祭にて『鵞鳥湖の夜』のグイ・ルンメイ&ディアオ・イーナン監督 (C)2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,

 映画『薄氷の殺人』(2014)でベルリン国際映画祭金熊賞、銀熊賞(男優賞)をダブル受賞した中国の気鋭監督ディアオ・イーナン。5年ぶりとなる最新作『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』(現在公開中)でも、パルムドールを受賞した『パラサイト 半地下の家族』とともにカンヌ国際映画祭で大絶賛を浴び、アジア映画批評家協会賞では最優秀監督賞を受賞するなど国際的評価をますます高めている。ジャ・ジャンクー、ロウ・イエ、ワン・ビン、ワン・シャオシュアイらと並ぶ“中国第六世代”の鬼才として注目を浴びるイーナン監督に、作品の根幹に流れる自身のアイデンティティー、脚本の着想も含めた独特の映画表現、さらには2作連続で監督のミューズを務めた女優グイ・ルンメイの魅力について話を聞いた。

 本作は、2012年の中国南部地方を舞台に、現代中国に巣喰う犯罪や社会の底辺で生きる人々の現実をあぶり出すノワールサスペンス。警官殺しで追われる裏社会の男チョウ(フー・ゴー)と、寂れたリゾート地・鵞鳥湖で水浴嬢として働くアイアイ(グイ)を軸に、警察の捜査チーム、バイク窃盗団らが交錯していくストーリーを描く。中国の暗部に切り込んだ本作は、本国チャートで初登場2位の異例ヒットを記録。1940~50年代ハリウッドで量産されたフィルムノワールに精通し、さらにはジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらヌーヴェルバーグ作家の影響も強く受けたとイーナン監督のシャープでモダンな感性が、スクリーンで躍動する。

●映画は評論家のために作るものではない

 前作同様、少し廃れた田舎町。追う者、追われる者が歪(ゆが)んだ底辺社会の中で、複雑に絡み合いながら出口を見いだそうとするさまが実に印象的な本作。イーナン監督はそういったシチュエーションの中にどんな思いを注いでいるのか。「人間は、選択と行動によって新しい時空を切り開き、そして選択と行動でしか自らの失敗した境遇を変えることができません。つまり、悪事を犯したとき、地獄を通って代価を払わなければ、自分を善に導き、理想的な人間にはなれない…私の根幹にはそういう考えが流れているのです」。

 イーナン監督の映画は、過度な説明セリフやナレーション、音楽といったものが極力排除されている。まさに“映像の力”だけで全編を押し切ろうとする意志を感じるが、これに対してイーナン監督は、「まず、誤解してほしくないのですが、私はアンドレ・バザン(戦後フランスを代表する映画批評家)のような評論家のために映画を作っているわけではありません」と強調。「明確にしているのは、アートへのこだわりとか“美学のルール”だけに執着していないということ。説明セリフやナレーション、そして制限の効かない音楽は、あくまでも私にとって必要のないものと認識しているだけです。例えば、ワンショット長回しで雰囲気のあるシーンを撮影するのもいいですが、それが観客を十分に惹(ひ)き付けられるものでなければ何の意味もありません。ただ闇雲に自己の感情を表現し、感傷的な詩情だけを求めることは極力避けたいと私は思っています」と持論を展開した。

●「水」のシーンを撮るために選んだロケ地の悲劇

 雨が降る人気のない深夜の駅、ボートに寝そべり水と戯れる女の姿など、最初に撮りたい映像が頭に浮かび、それに合わせて物語を紡いだり、フラッシュバックを用いたり、ロケ地を選択したり、あくまでも映像が基点になっているというイーナン監督。改めて脚本の着想や構成法を聞いてみると、「観客に物語を提供するだけでなく、一つの“世界”を見せたいと思っているので、画のアイデアは確かに重要ですね」と回答。「今、挙げていただいたイメージ的なシーンもそうですが、数多くの社会的な景観…例えば警察組織とギャングの対比、村の夜の暮らしぶり、貧しい小工場の人々などもそうですね。それらは全て、底辺を生きる女性の象徴であるアイアイが、悪夢のような世界に明るい色を与え、いかに最後の勝者になるのかを伝えるためなんです」と思いを明かす。

 ちなみに、バイク窃盗団や水浴嬢と呼ばれる海辺の娼婦、集合住宅広場での不思議なダンス、家具ばかり置いてある市場など、日本ではあまり見かけない光景は全て実在するものだそうだが、窃盗団や水浴嬢に関しては、時代とともに衰退の一途をたどっているのだとか。さらに、湖や雨など“水”をフィーチャーした撮影は、コロナ発生以前の武漢市で行われたそうだが、これに関してイーナン監督は、「とても残念なことですが、疫病の根本をしっかり見つめ、最終的には人類が勝利すると信じています」とコメントした。

●グイ・ルンメイの知性と女優魂

 前作に引き続き、ヒロインを演じた実力派女優グイ・ルンメイの魅力も、イーナン監督作品にはもはや欠かせない要素。今回も、水浴嬢アイアイをミステリアスに演じている。「彼女はとてもインテリジェンスに富んだ役者ですね。知識が豊かで、脚本の読解力も素晴らしく、現場で私からキャラクターに対する指導はほとんどありませんでした。ただ、彼女自身はかつて経験したことのない役と対峙(たいじ)して、もがき苦しんでいたようですが、最後はアイアイそのものになっていました」と絶賛。ただ、ロケは過酷だったようで、「撮影は7〜8ヵ月の長期にわたり、慣れない気候と風土に加え、暑さで悪くなったお弁当を食べて急性腸炎になったり、ひどいやけどを負ったり、何度も想像しがたい不運にも見舞われましたが、本当によく耐えてくれました」とグイをねぎらった。

 『薄氷の殺人』がクランクアップした際、冗談めかしながら、「次の作品でもご一緒しましょう!」とグイに声をかけたというイーナン監督。「だからアイアイは、彼女をイメージしながら作り上げた、彼女のためのキャラクターなんですよ」。ということは、次回作の約束もすでにグイと取り交わしたのだろうか? そんな思いをめぐらしながら、イーナン監督の今後の活躍に注目していきたい。(取材・文:坂田正樹)

 映画『鵞鳥湖の夜』は公開中。

エンタメ最新記事一覧

特集

クランクイン紹介
スゴ得コンテンツ会員登録ボタン
クランクイン紹介
スゴ得コンテンツ会員登録ボタン
クランクイン紹介