“失われてしまった場所”に帰ること――『風の電話』で諏訪敦彦監督が描いたもの

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諏訪敦彦監督、『風の電話』インタビュー
映画『風の電話』で18年ぶりに日本でメガホンを取った諏訪敦彦監督  クランクイン!

 2001年製作の映画『H story』以降、フランスを拠点に活動していた諏訪敦彦監督が、実に18年ぶりに日本でメガホンを取った最新作『風の電話』。東日本大震災で全てを失った主人公・ハルの “さすらいの旅”を通して、諏訪監督が本当に描きたかったものとは? 期待の新人女優・モトーラ世里奈を中心に、西島秀俊、三浦友和、西田敏行ら日本を代表する俳優陣が紡ぎ出すシーンを振り返りながら、本作に込めた思いを語った。

 本作は、震災以降、“天国につながる電話”として、3万人以上の人々が訪れている電話ボックス<風の電話>をモチーフにした初の映像作品。岩手県大槌町で被災し、家も家族も失った少女・ハルは、広島の親戚の家に身を寄せながらひっそりと暮らしていた。そんなある日、これまで育ててくれた伯母が突然倒れてしまう。ショックを受けたハルは、家にも帰らず、行き先も決めず、そのまま行く当てのない旅に出る。

■日本中を旅しながらハルの成長を見守るロードムービー

 この企画が立ち上がった当初は、西日本のある町で被災した主人公が、<風の電話>の存在を知り、自らの意志で大槌町に一人向かうという物語だった。これに異を唱えたのが諏訪監督。「僕はむしろ、ハルが大槌町に“帰ってくる”ことに意義があると思いました。震災から8年、自分が生まれ育ち、記憶もしっかりと残っているのに、もう失われてしまった場所…そこに戻ることで、より重層的に見えてくるものがあるんじゃないかと。しかも、行く当てのないさすらいの旅の中から、『故郷に帰りたい』という気持ちが彼女の中に自然と芽生えてくる…そんな物語にしたかった」と胸の内を明かす。

 ほぼ順撮り(物語の進行に沿って撮影)で始まったハルの“さすらいの旅”。ロードムービー初体験の諏訪監督は、「ハルと一緒に旅をしながら、改めて日本を見つめ直すいい機会になった」と述懐する。主人公の女子高生ハル役を射止めたモトーラは、『おいしい家族』『ブラック校則』などで異彩を放つ、今最も注目される女優の一人。「会った瞬間、“この人がハルだ”と直感した」という諏訪監督は、「彼女が存在しなかったら、ハルも存在しなかった」と言い切るほど、モトーラなくしてこの映画は成立しなかった。

 そんな稀有(けう)な女優・モトーラを、旅の要所で出会い、サポートするのが、西島、三浦、西田のベテラン勢だ。「西島くんとは、『2/デュオ』(1997)で、三浦さんとは『M/OTHER』(1999)でご一緒させていただいたのですが、僕はお二人のことを仲間であり、家族だと思っているので、モトーラさんが演じるハルを“そばで見守ってほしい”という思いがありました。西田さんに関しては、被災地である福島のご出身ということもありましたが、高校生の時に『新・坊っちゃん』(NHK/1974)の山嵐役を観て以来、大ファンだったので、今回、ご出演を快諾してくださって本当にうれしかったです」。

■日本を代表する名優たちが魅せる芝居を超えたリアル

 面白いのは、三者三様、役者としてのアプローチが全く違うところ。ハルと同じ被災者でありながら、原子力発電所で働いていたことに負い目を感じる森尾を演じた西島について諏訪監督は、「俳優としての立ち位置がわからず、苦しみもがいていた」と述懐する。「実際に切実な問題を抱えるクルド人の悩みを、“森尾”として聞くシーンがあるのですが、あれだけのキャリアがあり、今や日本のトップスターである西島さんが、『俳優としてどう存在すればいいのかわからなくなった』と悩んでいました。ただ、逆に言えば、何も悩まず、平然とやってのけていたら、全てが台無しになっていたかもしれない。苦しくて何も言えない…それは、役と本気で向き合う西島さんだからこそ生まれた自然な感情。森尾という役にたじろいだり、戸惑ったり、葛藤している姿がとても美しかった」と、その真摯(しんし)な姿勢を称えた。

 一方、西島と同じ諏訪ファミリーの三浦は、台風による被災経験があり、離婚によって家庭も崩壊、現在は認知症の母を介護する公平を熱演。粗野だけれど、「とにかく食え」「生きてりゃいいんだよ」とハルを思いやる精一杯の言葉が妙に胸に突き刺さる。「あのシーンは良かったですよね。お母さんを介護しているからこそ、自然に出てくる言葉。三浦さん演じる公平のハルに対するスタンスが、この映画の方向性を決めてくれた」と三浦の即興芝居を絶賛。さらに、「三浦さんは、シーン全体のことを考えてくださる方で、『この人はなぜこうなっているのか』とか、『お母さんとどう暮らしてきたのか』とか、事前に僕といろいろやりとりをしながら、少しずつご自身の中でシーンを固めていたようです。だから、台本があるとかないとか関係なく、ハルの言葉や表情に反応しながら公平を自然と演じられていた」と感嘆した。

 そして今回、諏訪組初参加の西田敏行。震災、それに伴う原発事故によって傷つけられた故郷・福島への複雑な思いを爆発させる今田という男性役で登場するが、諏訪監督が「スタートをかける前にもう芝居が始まっていた」というほど、やる気がみなぎっていた。「僕の方からリクエストしたのは、『なんでもいいので、歌を1曲、歌ってほしい』ということだけ。あとは西田さんに全ておまかせしたんですが、いやぁ驚きましたね。情景を思い浮かべながら、『あのキラキラした風景、また戻って来ないかなぁ』としみじみ語るシーンは、本当に実感がこもっていました」と、芝居を超えた西田の思いに心を寄せていた。

 震災で心に傷を負ったハルが、旅の中で出会う人々を通じてあたたかさに触れ、再生する姿を優しく静かにつづってゆく本作。「生きていくという力を観た方に与えられれば」と語る諏訪監督の思いを、ぜひ劇場で受け取ってほしい。(取材・文・写真:坂田正樹)

 映画『風の電話』は公開中。

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