大島優子、体を絞って挑む娼婦役 「私には到底できない」人生に体当たり

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舞台『罪と罰』大島優子インタビュー
大島優子、舞台『罪と罰』インタビュー  クランクイン!

 女優の大島優子が舞台『罪と罰』(演出:フィリップ・ブリーン)でソーニャ役に挑む。ロシアの作家ドストエフスキーの文芸作品として親しまれ、舞台でも定番の同作。殺人を犯す主人公の青年ラスコリニコフ(三浦春馬)と心を通わせ、支え続ける娼婦ソーニャを、大島はどう演じる覚悟なのか。稽古場で意気込みを聞いた。

 ドストエフスキーの原作は読んだことがなかったという大島にとって、『罪と罰』との出会いは今回の舞台の台本だった。

 「ズドン、と来ました。心にくるものと、何か大きな塊を落とされたような気持ちになりました。それで、2度目に読むと、また感じ方が違ったんです。そのときはすでに配役も分かっていましたし、一人一人が本当に個性的で、なかなか味わえない濃密な人生を送っていることが伝わって、文芸作品と言われるゆえんを感じました。物語のどこから目をつけていいのか、台本の中で迷子になりました」。

 主人公ラスコリニコフは「正義のためなら人を殺す権利がある」と、奪った金で世の中のために善行をするため、強欲で狡猾な金貸しの老婆を殺害するが、偶然居合わせた老婆の妹までも殺めてしまう。そんな彼と心を通わす大島演じるソーニャは、家族のために娼婦をしているという徹底した自己犠牲の女性だ。

 「彼女は、とても強いと思います。でも、その強さの源泉は信仰にあると思います。ずっと罪を感じながらも神様を信仰することで自分自身を問い質しているんです。信仰によって罪を和らげるというか、自分を取り戻しているところがあると思うんです」。

 そんなソーニャの生き方にラスコリニコフは胸を打たれ、彼女への慈愛を深めていく。

 「(演出家の)フィリップには、あまりロマンス、ロマンスはしないでほしいと言われているんです。2人が最初に出会う場面などは、お互い『なに? この病的な人は…』という目で見るんですよね。でも、何か共通点というか、フィーリングで感じ合っている部分があって、そこから徐々に2人の関係が少しずつ形になっていくんです」。

 『罪と罰』に触れるのも初めてなら、劇中で朗読する聖書や祈りの言葉とも初めて出会った。予備知識や経験がないなか、それらをどう自分に手繰り寄せ、表現へとつなげていくのか。

 「聖書も、自分自身にキリスト教的なバックボーンがないので最初は理解できませんでした。ラザロの復活(新約聖書中のエピソード)といわれても、ラザロという人は誰なのか、というところから調べてひもといていかないと。冒頭の主の祈りもソーニャにとっては日課なので、どういう風に自分になじませるかという。でも、何か違うな、というところがあれば演出家のフィリップが指摘してくれる。キリスト教文化圏を分かっている英国人のフィリップがいるからこそ、成り立っている舞台だと思います」。

 今回で3度目の舞台となるが、舞台作品は約1ヵ月に渡り稽古を積み、初日が開けてから千秋楽まで長期間の取り組みとなる。当然、厳重な体調管理も求められる。

 「いろんなことを気を付けるようになると、『あっ、舞台が始まったんだな』って。腹筋や背筋などを鍛えるのはもちろんですが、寝相には気を付けています。横になって体を丸めて寝ちゃうと呼吸が浅くなるので、寝返りを打っても必ず上を向くように。ソーニャは18歳、きれいな声を出したいですから。食べ物も生のものは避けて、いまは湯豆腐を食べています。貧乏な娼婦なので、なるべく体を絞りたいということもあって」。

 女優として、しばらくはソーニャを生きることになる。

 「殺人犯であるラスコリニコフに、『(娼婦として体を売るのは)自分を殺したも同然だから、僕と一緒じゃないか』と言われるんですよ。それほど体を売ることって罪深いというか。現代社会でも体を売っている方もいるかもしれないですし、体を売るっていう言葉にする時代ではないかもしれないなとは思いますけど、もしソーニャの人生を自分に置き換えたら…やっぱり私には、到底できないことだと思います」。

 見どころを聞くと、「全部です」と答えた大島。早くソーニャに会いたくなってきた。(取材・文・写真:志和浩司)

 Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019 DISCOVER WORLD THEATRE vol.5『罪と罰』は、1月9日~2月1日東京・Bunkamura シアターコクーンにて、2月9日~17日大阪・森ノ宮ピロティホールにて上演。

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